平成25年3月22日金曜日

作文:唐塔

私わたしの生まれ育った町まちの名は「鄆城(うん じょう)」だ。とても小さな町だ。この町の中には、一の塔のような古い建物がある。町の人々はこの建物を「唐塔(とう とう)」と呼ぶ。

子供の時、唐塔の近くに小さな沼地があった。「神話時代の天下九沢の一、雷沢は、恐らくここにあった。」老人たちは言った。でも、どう見てもあの沼沢地は神代の遺跡ではなかった。常識的に考えれば、あれはきっと黄河の水害地だったはずだ。

少し不思議だが、三歳の時の思い出が今でもある。その時、唐塔の沼沢地は見渡す限り果てしなかった。沼沢地の高い葦の中に、一つの細い道があった。僕は母と手を繋いで葦原を歩いた。遥か彼方に唐塔が見えた。まるで廃墟となった城のようだった。水面からすっと立ち上がる唐塔は、寂しくて、悲しそうだった。そして、夕暮れ時ときは凄く恐ろしく見えた。

唐塔の門は常に閉まっている。誰も入らない。そんな所にはもちろん怪談がある。妖怪のようなものも見える。例えば、不死身の黒い蛇や足のない燕や巨大な蠍など、町の人はそのような話をよく知っている。「井戸の底には、不死身の黒い蛇がいる。」そんな話を聞いても、私はあまり怖くはなかった。でも、夜になると、悪夢を見た。私は汚い井戸に閉じ込められている。水面の下には、得体の知らない水生動物がたくさんいる。そして、どこかに大蛇がいる。

中学校一年生の時、好奇心に駆られて、一度唐塔を登った。ある秋の日、友達の張君は唐塔の門を開けることを私に打ち明けた。

放課後二人で唐塔を探険しに行った。その時、政府が沼と葦をほとんど処理していたが、塔はまだ水で囲まれていた。でも、運よく橋があった。塔に入った時、私はすごく緊張して興奮した。

塔の中は照明がなく、真っ暗だった。塔は水の中に立っていたので空気と壁は湿っていた。そして、階段は高すぎるから私ははって登らなければならなかった。蠍の話を聞いていたので、壁に触わることが怖かった。でも、進むためには触らければならなかった。今までの人生でそんな恐ろしい経験をしたことはなかった。

運よく蠍が一匹も出なかった。井戸はどこにも見たらなかった。例の黒い蛇に会うことは一生ないだろう。

唐塔はもと七階の塔だった。でも、二階までは水の下に沈んでいる。今は五階の塔だ。二十分ほど後で、私達は唐塔の上まで登った。雑草は至るてころに生えていた。木も一本あった。千年の長い間、これらの植物はここで自由に成長していた。外を眺めると、町は全すべて見み渡ちことができる。

この記憶は私の大切な記憶だ。なぜなら、この記憶の中の風景は今も消えた。唐塔はまだ立っている。でも、水はもうない。当時の沼沢地は賑やかな広場になった。今商業地区に囲まれている唐塔は、もう寂しくないのだろうか。今の子供たちは、神と妖怪の話をまだ知っているのか。私は知らない。

「足のない燕」だげは実在するの動物だ。この燕は唐塔の壁に住んでいる。町の人はこの燕が地上に降りるのを一度も見なかったから、「足のない燕」と呼ぶ。毎年夏の黄昏時に、無数の燕が唐塔の周りを飛ぶ。このような儀式はもう千年続いているのだろう。「燕」だが、冬に南に行かず、塔の中で冬眠する。ほんとうに変な動物だ。沼沢地が消えたから、蚊と蟲も少すくなくなった。食糧が不足した燕たちは、今は大半死んだ。

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【Thanks to 隣の礒谷君。】

平成25年3月6日水曜日

日本のアニメ

私の同世代人たちは日本のアニメを見て成長した。もちろん私も好きなアニメがたくさんある。中国の『改革開放』は1980年代に始まったから、子供の時、古いアニメも新しいアニメを一緒に見た。例えば、『鉄腕アトム』(中国語:『鐵臂阿童木』)と『ドラゴンボール』(『七龍珠』)は同じ時間でテレビに放送されていた。だから、私たちのアニメの観念は日本人のとはちょっと違う。

小学校入学前の一番鮮やかな記憶はたぶん『一休さん』(『聰明的一休』)と『ドラえもん』(『機器貓』)だった。今でも疲れた時は、この二つのアニメの曲を聞いて、笑う。

中国の小学校は大変な所だ。でも、自由な時間もあった。その時、テレビをつけて、アニメを見た。一番好きなアニメはもちろん熱血格闘アニメだった。『北斗の拳』(『北斗神拳』)、『聖闘士星矢』(『聖闘士星矢』)、『天空戦記シュラト』(『天空戰記』)、『六神合体ゴッドマーズ』(『六神合体』)、『超時空要塞マクロス』(『超時空要塞』)、『鎧伝サムライトルーパー』(『魔神壇闘士』)、『魔神英雄伝ワタル』(『魔神英雄傳』)、『鉄拳チンミ』(『少年金米』)、『燃える!お兄さん』(『森林好小子』)、『らんま1/2』(『亂馬』)、『幽遊白書』(『幽遊白書』)などが大好きだった。

中国の中学校と高校は小学よりもさらに大変な所だ。全ての時間は勉強に使わなければならない。六年の間、テレビを見ることは禁止されて、何も見なかった。

私はとうとう大学に入った。新しい人生は素晴らしかった。昼に寝たり、朝ご飯を食べないでいたり、授業をサボっても気にしなかった。久しぶりのアニメも見た。でも、六年の間、アニメの世界は変わった。私は『るろうに剣心』(『浪客劍心』)の時代を越えて、『ナルト』(『火影忍者』)と『ワンピース』(『海賊王』)の時代に入った。たくさん種類のアニメを見た。例えば、『ブリーチ』(『死神』)、『鋼の錬金術師』(『鋼之煉金術師』)、『フルメタル・パニック!』(『全金屬狂潮』)、『反逆のルルーシュ』(『叛逆的魯魯修』)、『デスノート』(『死亡筆記』)などだ。

その時、少し哲学の本を読んで、少年アニメがちょっとものたりなくなった。大友克洋と押井守と今敏の作品を見て、彼らの世界観に影響された。今も押井守の『攻殻機動隊』(『攻殻機動隊』)は偉大なアニメだと思う。他にも『新世紀エヴァンゲリオン』(『新世紀福音戰士』)や、『キノの旅』(『奇諾之旅』)、『蟲師』(『蟲師』)は全て思慮に富んだアニメだ。宮崎駿の作品も大好きで、スタジオジブリのアニメは全部見た。

何も考えたくない時には、楽しいアニメが見たかった。『あずまんが大王』(『阿茲漫畫大王』)や、『アベノ橋魔法☆商店街』(『阿倍野橋魔法商店街』)や、『みなみけ』(『南家三姊妹』)や、『ジャングルはいつもハレのちグゥ』(『熱帶雨林的爆笑生活』)や、『天体戦士サンレッド』(『天體戰士』)など、たくさん軽いアニメを見た。大学を出る時、『萌えアニメ』は流行した。『涼宮ハルヒの憂鬱』(『涼宮春日的憂鬱』)や『らき☆すた』(『幸運星』)、『けいおん』(『輕音少女』)、『とある科学の超電磁砲』(『某科學的超電磁炮』)などは代表的な『萌えアニメ』だった。そういったアニメは典型的なオタクが見るものだった。だが、私も一時期こうしたものを見て、オタク化していた。

大学の後半から大学院の前半までは、『かっこいい』アニメが好きだった。例えば、押井守の『御先祖様万々歳』(『先祖大人萬萬歲』)、渡辺信一郎の『カウボーイビバップ』(『星際牛仔』)と『サムライチャンプルー』(『混沌武士』)、中村健治の『怪 〜ayakashi〜化貓』(『怪·化貓』)、新房昭之の『さよなら絶望先生』(『再見,絕望先生』)、湯浅政明の『四畳半神話大系』(『四畳半神話大系』)などだ。

今、どのようなアニメが一番好きだか?答えは『銀魂』(『銀魂』)のようなアニメだ。。。

最近アニメを見ることが少なくなった。でも、暇な時には見ている。